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静岡地方裁判所 昭和60年(わ)326号 判決

本籍

山梨県南巨摩郡身延町身延三七〇四番地

住居

静岡県清水市岡町五番四号

医師

池上初美

大正一〇年七月二九日生

本籍・住居・職業は右に同じ

池上宗直

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官杉本一重出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人池上初美を罰金五五〇〇万円に、被告人池上宗直を一年六月に各処する。

右罰金を完納することができないときは金二〇万円を一日に換算した期間被告人池上初美を労役場に留置する。この裁判の確定した日から五年間被告人池上宗直の右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人池上初美は静岡県清水市日立町一七番八号において、「第三駿府病院」の名称で医業を営むなどしている者、同池上宗直は同池上初美の従業者としてその業務全般を統括している者であるが、同池上宗直は、同池上初美の業務に関し、所得税を免れようと企て、公表経理上架空従業員への給料等を計上するなどし、これによって得た資金で仮名で無記名割引債券を取得するなどの方法により所得の一部を秘匿したうえ、

第一  昭和五六年の同池上初美の実際の所得金額が二億四、八九〇万四、三一七円で、これに対する所得税額が一億四、五七八万八、七〇〇円であるにもかかわらず、昭和五七年三月一〇日、静岡県清水市江尻東一丁目五番一号所在の清水税務署において、同税務署長に対し、所得金が一億六、〇九七万七、二七四円で、これに対する所得税額が七、九八四万三、四〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって、不正行為により所得税六、五九四万五、三〇〇円を免れ

第二  昭和五七年の同池上初美の実際の所得金額が二億三、六九六万七、四二三円で、これに対する所得税額が一億三、七二二万五、二〇〇円であるにもかかわらず、昭和五八年三月一〇日、前記清水税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億五、三二八万六、六〇一円で、これに対する所得税額が七、四四六万四、四〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税六、二七六万〇、八〇〇円を免れ

第三  昭和五八年の同池上初美の実際の所得金額が二億〇、五五三万一、二二五円で、これに対する所得税額が一億一、四九五万八、九〇〇円であるにもかかわらず、昭和五九年三月一五日、前記清水税務署において、同税務署長に対し、所得金額が一億二、八一三万五、五六三円で、これに対する所得税額が五、六九一万一、九〇〇円である旨の虚偽の確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税額五、八〇四万七、〇〇〇円を免れ

たものである。

判示事実全部につき

一  被告人両名の当公判廷における各供述

一  被告人池上初美の検察官に対する供述調書二通

一  同被告人に対する大蔵事務官作成の質問てん末書二通

一  被告人池上宗直の検察官に対する供述調書二通

一  同被告人に対する大蔵事務官作成の質問てん末書一三通

一  小沢澄子及び小野田武の検察官に対する各供述調書

一  小沢澄子(三通)、大石きみ子、佐藤嘉隆、木野瑛胤、斉藤栄一、石川正夫、鈴木茂、今村曻治、八木義郎、吉田美津子、池上宗昭、加藤久仁彰、渡辺賢二、山川幹夫及び小野田武に対する大蔵事務官作成の各質問てん末書

一  検察事務官作成の報告書三通

一  大蔵事務官各作成の査察官調査書(昭和五九年七月二六日付、同年八月九日付、同月一〇日付、同月二七日付、同月三〇日付、同年九月一〇日付、同月一二日付(二通)及び同年一〇月四日付)、証明書(同年一〇月二六日付、但し、検察官請求甲号18番)及び調査報告書(同年一一月二七日付)

一  安倍いせ子、竹越靖子、深沢淳子、藤田洋子及び井口昌子各作成の回答書

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官各作成の脱税額計算書(昭和五九年一〇月三〇日付、但し、同甲号4番)及び証明書(同月二六日付、但し、同甲号7番)

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官各作成の脱税額計算書(昭和五九年一〇月三〇日付、但し、同甲号5番)及び証明書(同月二六日付、但し、同甲号8番)

判示第三の事実につき

一  山下睦子及び伊埜谷陽子に対する大蔵事務官作成の各質問てん末書

一  大蔵事務官各作成の脱税額計算書(昭和五九年一〇月三〇日付、但し、同甲号6番)、証明書(同月二六日付、但し、同甲号9番)及び査察官調査書(同年七月三一日付及び同年八月一七日付)

一  伊埜谷陽子作成の上申書

(補足説明)

被告人両名及び各弁護人は、本件逋脱所得金額中の各年度の被告人池上宗直の専従者給与分について、同被告人に逋脱の犯意がなかった旨主張するが、前掲各証拠によって認められる、同被告人の青色申告制度に対する認識、本件各犯行で果した役割、各犯行の態様、ことに、同被告人は被告人池上初美のために永年青色申告をなして来た者であって、本件各所得申告に際し不正に同池上初美の所得の一部を秘匿していることを熟知していて、しかも、検察官に対し、納税者が所得申告の際不正行為をすれば青色申告に伴う特典が遡って否定されることを承知していた旨自認していることに照らすと、同池上宗直に所論の争う犯意があったことは明白である。所論は採用できない。

(法令の適用)

罰条 被告人両名につき

所得税法二四四条一項、二三八条

刑種の選択 被告人池上宗直につき懲役刑

併合罪の処理 被告人池上初美につき

刑法四五条前段、四八条二項

被告人池上宗直につき

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い判示第一の罪の刑に加重)

労役場留置 被告人池上初美につき刑法一八条

刑の執行猶予 被告人池上宗直につき刑法二五条一項

(量刑の理由)

本件は三年間にわたる所得税の逋脱事案であるが、逋脱所得金額の合計が約二億四、九〇〇万円、逋脱税額の合計が約一億八、六七五万円といずれも高額であるうえ、架空看護婦に対する架空給料等の計上、給食物納入業者と結託した水増納品書による賄費の水増計上等永年にわたる不正経理が背景にある同種手口による犯行であって、逋脱額、犯行態様いずれからみても犯情が芳しくないこと、被告人池上宗直は判示病院の院長として主体的に右各犯行を行って同池上初美の所得を秘匿してきたこと、同池上初美は同病院の開設者の地位にありながら、夫である同池上宗直の右各犯行を黙認して来たことなどを考慮すると、被告人両名の刑責を軽視することはできない。

しかしながら、本件は青色申告制度を利用した犯行のためか各年度の所得申告状況に大きな差がないので三年間を通算してみると、実際の所得金額合計約六億九、一四〇万円に対する前記逋脱所得金額の合計額の割合は約三六・〇パーセント、所得税額合計約三億九、七九七万円に対する前記逋脱税額の合計額の割合は約四六・九パーセントにとどまっているうえ、青色申告の承認取消しに伴い青色申告に基づく税法上の特典が否認されて逋脱所得金額とされたものが合計約一億三、〇五五万円(右逋脱所得金額の合計額の約五二・四パーセント)であり、その大部分を占める被告人池上宗直に対する専従者給与分合計一億二、一七〇万円(但し、新たに合計一二〇万円が専従者控除を受けている)については、同被告人の所得として合計約五、〇五二万円の所得税の源泉徴収を別途受けていたこと、被告人両名は、これまで前科がなく、医師として地域社会に少なからず貢献して来ていたが、本件後において、本税追加分、重加算税等合計約二億三、四〇二万円を完納し、被告人池上宗直において主な公職を辞任するなど被告人両名とも深い反省の情を示し、架空看護婦を廃止し、担当の税理士を増やすなど経理を改善して再犯の防止に努める旨誓約し、また、青色申告の承認が取り消されるなど社会的制裁を受けていること、被告人両名が六〇歳を超える老齢であること、被告人両名に対する処遇が前記病院の経営に及ぼす影警等諸般の情状を十分斟酌すると、最近のこの種事犯の量刑状況に照らしても、被告人両名に対し主文の各刑を科し、被告人池上宗直の刑の執行を猶予して社会内で更生させるのを相当と思料する。

よって、主丈のとおり判決する。

(裁判官 植村立郎)

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